皆さんこんにちは、ライブチューブスターの屈辱です。
今回は、麻雀プロ・Mリーガーである渋川難波さんの不倫報道をきっかけに、Xで感じた違和感から、AIと話しながら考えを整理したことを書きます。
僕の出発点はかなりシンプルで、「不倫はダメでしょう」というものでした。
それをXに書いたところ、「不倫は犯罪じゃない」「犯罪じゃないなら外野が騒ぐことではない」「別にいいのでは」といったリプライや引用をけっこうもらいました。
そこで僕は、かなり違和感を覚えました。
たしかに、不倫は刑事犯罪ではないのかもしれません。警察が逮捕して、刑務所に入れるような話ではない。民事上の責任が問題になる場合はあっても、誰も訴えなければ、損害賠償を払うこともないかもしれません。
でも、それでも悪いことは悪いじゃないですか。
これは、不倫に限った話ではないと思います。
たとえば、物を壊すこともそうです。
ゲームでイライラした大人が、Nintendo Switchを叩きつけて壊す。もしそれが自分の持ち物だったら、警察に逮捕されるような話ではないかもしれません。もちろん、他人の物を壊せば別の法的問題になり得ますが、ここで言いたいのはそこではありません。
問題は、いい年をした大人が、人前で「イライラしたら物に当たっていい」という振る舞いを見せてしまうことです。
僕の家でも、似たようなことがありました。うちのキッズが、見ていたYouTuberの影響なのか、ゲームでイライラしたときに物に当たるようなことをして、僕が貸していたNintendo Switchを壊しました。コントローラーを画面に何度もぶつけて、画面がバキバキになったんです。
物を壊すのは悪いことです。でも、そういう振る舞いを見せた大人が、必ず警察に捕まるわけではありません。自分の物を壊しただけなら、司法が罰を下す話にもならないかもしれません。
でも、それを見た子どもが真似して、誰かの物を壊すことはあります。実際に、僕はそれでNintendo Switchを壊されました。
だから僕は、「犯罪じゃないから問題ない」という考え方にかなり違和感があります。警察や司法が罰を下せない悪い振る舞いでも、現実には誰かに悪影響を与えたり、損害を出したりすることがあるからです。
しかも、報道されているように長期間続いていたのだとしたら、悪いことを一度してしまったという話ではなく、悪いことを続けていたという話になります。
それに対して、警察や司法が必ず罰を下せるわけではない。誰かが訴えなければ、司法の場にすら乗らないかもしれない。
じゃあ、こういう刑事罰にはならないけれど、信用や倫理の面ではかなり悪いことを、社会はどう扱うのか。
そこをAIと話しているうちに、炎上、社会的信用、デマが正史化するリスク、そして警察や司法では裁けない問題の扱い方まで、話が広がっていきました。
今回の件については、すでに多くの意見が出ています。「不倫は悪い」「でも犯罪ではない」「家庭内の問題ではないか」「プロとして信用問題だ」「謝罪したのだから許してあげるべきだ」など、見方はさまざまです。
ただ、僕が一番引っかかったのは、「犯罪ではないから問題ない」「個人間の話だから外野は黙れ」「謝罪したからもういい」という意見で、すべてを終わらせてしまう空気です。
もちろん、この記事は特定の個人を必要以上に攻撃するためのものではありません。報道内容の細部については、当事者の説明や確認を待つべき部分もあります。また、家族や相手とされる方への攻撃、過度な詮索、未確認情報の拡散は違うと思っています。
そのうえで、プロとして人前に立つ人、スポンサーやファンの信用で活動している人の責任については、考えるべきことがあるはずです。
この記事では、渋川難波さんの不倫報道をきっかけに、「犯罪じゃないから問題ない」は本当なのか、警察や司法では裁けない問題を炎上はどう扱うのか、そして炎上にはどんな功罪があるのかを、AIとの壁打ちで整理した考えとして書いていきます。
「犯罪じゃない」は「悪くない」ではない
まず大前提として、不倫は刑事犯罪ではありません。警察が逮捕して、刑務所に入れるような話ではない。ここは分かります。
しかし、だからといって「悪くない」にはなりません。
世の中には、刑事犯罪ではなくても人を傷つけたり、信用を壊したりする行為があります。約束を破ること、人を裏切ること、相手の人生に大きな影響を与えること。これらは警察がすぐに介入する問題ではなくても、社会的・倫理的には重い問題です。
「犯罪ではない」と「問題がない」は、まったく別です。
ここを混同すると、「逮捕されなければセーフ」「法律に触れなければ何をしてもいい」という考え方になってしまいます。僕はそれはかなり危ういと思っています。
刑事責任と信用責任は別の話
不倫が刑事事件ではないとしても、民事上の責任や倫理上の問題、そして信用の問題は残ります。
特にプロや配信者のように、ファン、スポンサー、チーム、視聴者の信用で活動している人の場合、私的な行動であっても、信用に影響することがあります。
「不倫したから刑罰を受けろ」という話ではありません。
ただ、スポンサーやチームが判断する。ファンが失望する。仕事に影響が出る。これは信用で仕事をしている以上、自然に起きることだと思います。
謝罪はスタートであって、信用回復のゴールではない
今回の件で、もう一つ強く思ったのは、謝罪と反省は別だということです。
謝罪文を出す。謝罪動画を出す。「申し訳ございませんでした」と言う。もちろん、それ自体は必要な第一歩だと思います。
でも、謝罪した瞬間に反省が完了するわけではありません。
仮に報道されているような長期的な関係が事実だった場合、それは一回のミスや一時の気の迷いとは言いにくいです。何度も続ける選択をしていた、という見方をされても仕方がありません。
さらに、今回の件で引っかかるのは、同じKADOKAWAサクラナイツの中で、すでに一度大きな炎上が起きていたことです。
岡田紗佳さんの不適切発言をめぐって、チームとして謝罪する事態がありました。もちろん、その件と今回の件は内容が違います。同じものとして扱うつもりはありません。
ただ、同じチーム内で炎上が起きたなら、所属選手として「明日は我が身だ」と考える機会はあったはずです。
その時点で、自分の胸に手を当てて考えることはできたはずです。自分も人前に立つプロであり、スポンサーやファンの信用で活動している人間なのだと、あらためて意識するタイミングはあったはずです。
もし報道されている時期が事実で、その時点でも関係が続いていたのだとしたら、あの炎上を見てもなお、自分の行動を止められなかったということになります。
だからこそ、今回の謝罪だけを見て「もう反省したから終わり」とするのは、かなり早いと思います。反省する機会は、報道が出た瞬間に初めて訪れたわけではないからです。
そう考えると、たった一日の謝罪で「もう反省したのだから終わり」とするのは、早すぎると思います。
信用を壊すのは一瞬です。でも、信用を取り戻すには時間がかかります。
本当に反省しているかどうかは、謝罪した瞬間には分かりません。その後にどう行動するのか。同じことを繰り返さないのか。傷つけた人や関係者にどう向き合うのか。自分の立場や責任をどう受け止めるのか。
そこを時間をかけて見ない限り、本当の反省は判断できないと思います。
プロや配信者は「信用」で仕事をしている
今回の件で「家庭内の話だから外野は黙れ」という意見も見ました。
もちろん、夫婦間の具体的な事情や家族の問題に、外野が踏み込みすぎるべきではありません。家族や相手とされる方への攻撃は絶対に違います。
ただし、プロとして活動している人の場合、完全に家庭内だけの話とも言い切れません。
プロ選手は、ファン、スポンサー、チーム、リーグ、視聴者の信用で成り立っています。特にMリーグのようなプロリーグは、個人の実力だけでなく、競技全体のイメージやスポンサーの信頼も大きい世界です。
信用で仕事をしている人が信用を失う行動をしたなら、その影響が仕事に出るのは当然です。
これは私刑ではありません。社会的信用が下がった結果として、周囲が距離を取ったり、仕事の判断を変えたりするという話です。
強い立場にいる人ほど、振る舞いは見られている
僕は、麻雀プロやMリーグの世界にものすごく詳しいわけではありません。もともとは、麻雀を勉強したくて、有名な麻雀プロの配信を見るようになりました。
その中で、言葉遣いの荒さ、内輪ノリの強さ、人への当たりの強さが気になる場面もありました。もちろん、これは僕個人の受け取り方ですし、麻雀プロ全員がそうだと言いたいわけではありません。真面目に活動している人もたくさんいると思います。
実際、僕自身も麻雀プロの配信を見て、「この空気は少し危ういのではないか」と感じたことがあります。その違和感はXにも書きましたし、自分の配信でも話しました。動画として出したこともあります。
ただ、その時も「別にそんなことないだろう」という反応はありました。麻雀ファンの人たちにとっては、麻雀界隈の言葉遣いや内輪ノリがすでに見慣れた空気になっていて、外から見たときの強さが見えにくくなっているのかもしれません。
だからこそ、外から見て違和感を覚えた声を、すぐにアンチ扱いで流してしまうのは違うと思います。界隈の中では普通に見える振る舞いでも、外から見るとかなり強く見えることがあるからです。
ただ、人前に立つプロである以上、普段の言葉遣いや配信での態度も含めて見られています。
人気がある。実績がある。ファンがいる。スポンサーがいる。そういう強い立場にいる人ほど、振る舞いの影響は大きくなります。
だからこそ、プロとして活動するなら、競技の強さだけではなく、信用を守る意識も必要だと思います。
警察や司法は、世の中の悪事を全部裁けない
僕は最近、警察や司法だけで世の中の悪いことを全部どうにかするのは無理なんだろうなと感じています。
法律で処理できる問題と、そうではない問題があります。刑事事件にはならないけれど、人を深く傷つける行為もあります。
不倫、裏切り、パワハラ、モラハラ、詐欺まがいの行為、立場を使った圧力。こういうものは、すべてが警察や裁判で綺麗に処理されるわけではありません。
もちろん、本当に犯罪にあたるものは警察や司法が扱うべきです。ただ、現実には証拠が足りなければ動けないこともあります。刑事事件ではないから警察が介入しないこともあります。裁判には時間もお金もかかります。
そうなると、悪いことをした人がノーダメージで済んでしまう場合があります。
「悪いことをしても、バレなければ得。バレても、犯罪じゃないと言えば終わり」になってしまう社会はおかしい。
ここに、僕は強い違和感があります。
日本語が分からない人を受け入れるなら、ルールを伝える責任もある
警察や司法だけでは裁けない問題として、最近よく感じるのが、ルール認識の違いです。
たとえば外国人労働者の受け入れについても、これは外国人個人を攻撃したい話ではありません。日本で働いている外国人の中には、真面目に働いている人もたくさんいます。
ただ、日本で生活し、働く以上、日本のルールや現場の基準を理解する必要があります。そして現実問題として、日本語の看板、日本語の注意書き、日本独特のマナーや空気感を、来日したばかりの人がすべて正確に理解するのは難しいと思います。
「ご遠慮ください」「お控えください」「お並びください」「持ち込みはご遠慮願います」
こうした表現は、日本語に慣れている人ならなんとなく分かります。しかし、日本語に慣れていない人からすれば、どこまでがお願いで、どこからが禁止なのか分かりにくい場合もあるはずです。
その状態で「日本にいるのだから全部守れ」と言っても、そもそもルールが十分に伝わっていない可能性があります。
だからこそ、外国人を受け入れるなら、受け入れる側にも責任があります。
企業が外国人労働者を雇うなら、日本のルール、接客の基準、店内での振る舞い、客との距離感、禁止事項などをきちんと教える必要があります。行政が受け入れを進めるなら、多言語での案内、生活ルールの周知、トラブル時の相談先や対応の仕組みも整える必要があります。
これは外国人個人だけの問題ではなく、受け入れ側の教育・管理・ルール周知の問題でもあります。
人手不足だから入れる。人件費が安いから入れる。現場に丸投げする。それでは、どこかで歪みが出ます。
コンビニ、飲食店、洋服屋などで外国人店員を見かける機会は増えました。そこで言葉や文化の理解が不十分なまま現場に出てしまえば、客側、現場の日本人スタッフ、周囲の人がストレスを抱えることになります。
警察がすべて対応するわけではありません。司法が一つ一つ裁くわけでもありません。
だから僕は、外国人労働者を受け入れること自体を否定したいわけではありません。ただ、受け入れるなら、もっと慎重にやるべきだと思っています。
言葉が通じるのか。日本のルールを理解しているのか。現場で必要な教育を受けているのか。トラブルが起きたときに誰が責任を取るのか。
そこを曖昧にしたまま受け入れを広げるのは危ういです。
社会全体として、受け入れのメリットだけを見て、ルール周知や管理のコストを軽く見すぎているのではないか。僕はそこに違和感があります。
警察や司法がすべてを裁けない以上、ルールを守らせる仕組み、ルールを理解させる仕組み、そして受け入れる側が責任を持つ仕組みが必要だと思います。
炎上は「社会的信用の低下」として機能することがある
世の中には、警察や司法がすぐに裁けない問題があります。
不倫も刑事犯罪ではないので、警察が逮捕する話ではありません。しかし、人を裏切り、信用を壊し、深く傷つける行為として批判されることはあります。
もちろん、炎上で人を裁きたいという話ではありません。私刑を肯定したいわけでもありません。
ただ、現実として、法律で罰せられなかったとしても、信用を失えば仕事に影響が出ます。スポンサーが離れる。チームから処分を受ける。ファンが離れる。仕事が減る。これは刑罰ではありませんが、信用で成り立っている人にとっては大きな代償です。
そういう意味で、炎上は警察や司法では裁けない問題を、社会的信用の低下という形で可視化する現象にも見えます。
悪いことをした人が、ちゃんと信用を失う社会であることは必要だと思います。「犯罪ではないから問題ない」「謝罪したから終わり」「外野は黙れ」で全部を流してしまう社会は、悪いことをした側のリスクが低すぎます。
ただし、炎上は正義そのものではない
では、炎上は正義なのか。
ここはかなり難しいところです。
僕は、炎上そのものが正義だとは思いません。炎上には危険もあります。
事実確認が甘いまま拡散されること。関係ない家族まで攻撃されること。見た目や人格への罵倒に変わること。個人情報が晒されること。一度燃えると、必要以上に人生を壊してしまうこと。
こういうものは明らかにやりすぎです。
批判する側が、別の加害者になってしまうこともあります。だから、炎上を無条件に肯定するつもりはありません。
デマや誤情報が「正史化」するリスク
炎上で特に怖いのは、事実ではない情報や、かなり雑に切り取られた話が広がってしまうことです。
一度広まった情報は、あとから訂正してもなかなか消えません。本人が否定しても、説明しても、時間が経っても、最初に広がったイメージだけが残り続けることがあります。
最悪の場合、偽の情報がまるで「正史」のように扱われます。
これは本当に怖いことです。
炎上には社会的な自浄作用があります。悪いことをした人が信用を失うのは、ある意味では自然なことです。
でも、やっていないことまで事実のように扱われたり、関係ない情報まで混ぜて人格を壊されたりするのは違います。
炎上は裁判ではありません。証拠を整理して、双方の主張を聞いて、事実認定をして、責任の重さを判断する仕組みではありません。
だからこそ、炎上で人を批判するときには、最低限の線引きが必要です。
批判するなら、行為を批判するべき
炎上や批判について考えるとき、大事なのは線引きです。
批判するなら、個人の人格や家族ではなく、行為や責任を批判するべきです。
たとえば、「不倫は悪い」「長期間続いていたなら責任は重い」「信用商売のプロとして問題がある」「謝罪しただけで信用は戻らない」という指摘は、行為や責任への批判です。
一方で、やってはいけないこともあります。
- 家族を攻撃する
- 子どもに触れる
- 相手とされる方を晒す
- 見た目を罵倒する
- 未確認情報を断定する
- 住所や個人情報を広める
- 人格そのものを破壊するような言葉を投げる
これは違います。
悪いことを批判しているつもりが、自分も悪いことをしていたら意味がありません。
悪い行為は批判されるべきです。でも、デマや憶測で人を燃やしてはいけません。
この両方を同時に考える必要があると思います。
「外野は黙れ」で終わらせてはいけない
不祥事が起きるたびに、「外野は黙れ」「犯罪じゃない」「謝罪したから終わり」「本人たちの問題」という言葉が出てきます。
もちろん、外野が踏み込みすぎてはいけない部分はあります。家族の問題に土足で入り込むべきではありません。関係ない人を攻撃するべきでもありません。
でも、その言葉で全部を封じるのも違います。
信用で仕事をしている人が、信用を壊す行動をした。それに対して、ファンや視聴者が失望したり、批判したりするのは自然です。
むしろ、悪いことをしても誰も何も言わない社会の方が怖いです。
大事なのは、批判をすること自体ではなく、批判のやり方です。
事実に基づいて、行為を批判する。未確認情報は断定しない。関係ない人を巻き込まない。人格破壊や私刑にはしない。
この線引きが必要だと思います。
まとめ
今回の件を通して、僕が一番言いたいのは、「犯罪じゃない」は「問題ない」ではないということです。
不倫は刑事犯罪ではないかもしれません。でも、人を裏切り、信用を壊し、周囲に大きな影響を与える行為です。
特にプロや配信者のように、ファンやスポンサーの信用で成り立っている人なら、その行動が仕事に影響するのは当然です。
また、謝罪したからといって、すぐに反省が完了するわけでもありません。反省は言葉ではなく、その後の時間と行動でしか証明できないと思います。
一方で、炎上を無条件に肯定するつもりもありません。
炎上には自浄作用があります。警察や司法では裁けない問題に対して、社会的信用の低下という形で責任を発生させることがあります。
しかし、炎上にはリスクもあります。デマ、誤情報、切り取り、関係ない人への攻撃、間違った情報が正史のように扱われること。これらは炎上の危険な部分です。
だからこそ、炎上は正義そのものではありません。炎上には功罪があります。
悪いことをした人がノーダメージで済む社会もおかしい。でも、デマや憶測で人を燃やせる社会もおかしい。
僕は、この両方を同時に考える必要があると思っています。
そして、プロとして人前に立つ人は、普段の言葉遣いや態度から見られているということを、もっと重く考えた方がいいと思います。
強い立場にいる人が道を踏み外したとき、誰かが「それはおかしい」と言うことは必要です。ただし、その批判は事実に基づき、行為に向けられるべきです。
犯罪かどうかだけで善悪を判断するのではなく、信用、責任、立場、被害を受けた人のことまで含めて考えるべきだと思います。


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